瞑想という旅
物語は、いつも何気ないところから始まる。
子どもの頃、
テレビの前に座って、西遊記を見るのが好きだった。
堺正章さんの、あの悟空。
調子に乗って、
失敗して、
怒られて。
それでも、
何度でも立ち上がる。
なぜか、目が離せなかった。
三蔵法師は、
悟りを求めて旅に出る。
ひとりではなく、
問題ばかり起こす仲間たちと。
孫悟空。
猪八戒。
沙悟浄。
彼らは決して、
最初から立派な存在ではなかった。
過去に失敗があって、
後悔があって、
やり直せないことも、
なかったことにはできないことも抱えている。
それでも、
旅は続いていく。
当時の私は、
「三蔵法師みたいに、悟りを求めて旅に出るんだ」
そんなふうに思っていた。
でも、ずいぶん時間が経ってから、
気づいたのです。
もしかしたら私は、
三蔵法師ではなく、悟空のようだ、と。
思い込みで暴走して、
余計な戦いをして、
転んで、
遠回りして。
それでも、
仲間に助けられながら、
少しずつ、少しずつ、
「本当の自分」を思い出していく。
物語の中の彼らは、
いつも迷っている。
どっちに進めばいいのか。
今、何を信じればいいのか。
「ちゃんとやれているのか」
「このままでいいのか」
そんな問いを抱えながら、
それでも一歩ずつ、
歩いていく。
気づけば、
私たちの人生も、
どこかよく似ている。
いつの間にか、
ちゃんとしなきゃ。
もっと頑張らなきゃ。
期待に応えなきゃ。
そんな声に囲まれて、
気づいたら、
自分がどこに立っているのか
わからなくなっている。
でも、旅には
「進む」以外の選択もある。
立ち止まること。
振り返ること。
いったん、歩くのをやめること。
西へ向かうのをやめて、
外に答えを探すのをやめて、
内側に向きを変えてみる。
ただ、静けさに戻る。
すると、不思議なことに、
人生はまた、自然に動きはじめる。
無理に変えなくても、
整えようとしなくても。
すでにここにあった
自分のリズムが、
静かに、
息を吹き返す。
サイレントプレゼンスジャーニーは、
何かを達成するための瞑想会ではありません。
思考を休ませ、
役割を降ろし、
「今ここ」に戻る4回の旅。
すでにここにある
あなた本来のリズムに、
人生を委ね直すための時間です。
なぜ今、このジャーニーを開くのか
私自身、
「ちゃんとしなきゃ」という役に
疲れ果てていた時期がありました。
そう思えば思うほど、
自分から離れていく感覚がありました。
でも、静けさに戻る練習を続ける中で、
「あぁ、これでよかったんだ」と
思える瞬間が増えていきました。
そして、数百名の方とのセッションを通して
はっきりと見えてきたことがあります。
頑張って変わろうとするほど、
人は自分から離れてしまう。
本当に必要なのは、
何かを足すことではなく、
本来の自分に戻ることでした。
この感覚を、
今、必要としている方に届けたい。
それが、このジャーニーを開く理由です。
「瞑想なんてやったことない」その気持ち、よくわかります
「瞑想って、座禅みたいなやつ?」
「じっとしてるの、苦手なんだけど…」
「スピリチュアルな世界は、正直ちょっと…」
そう思われるかもしれません。
その気持ち、痛いほどよくわかります。
でも、このジャーニーに必要なのは、
瞑想の経験でも、静かに座れる才能でもありません。
必要なのは、ただ一つ。
「どんな自分でも、まずはそのまま感じてみる」
それだけです。
このジャーニーで起きること
私たちは日々、
知らず知らずのうちに
たくさんの“役”を生きています。
・ちゃんとしている人
・期待に応える人
・前向きでいようとする人
サイレントプレゼンスジャーニーは、
そのストーリーから降りる時間です。
ただ降りるだけで、
肩にのっていた何かが、
ふっと軽くなる瞬間があります。
ここで行うのは、難しいテクニックではありません。
ただ、「今ここ」を感じること。
すると、自然に—
-
抑え込んでいた疲れが、身体から抜けていく
-
時間に追われていた日々が、やさしく感じられる
-
役を演じながらも、無理をしなくていい感覚が戻る
そんな変化が、
静かに日常へと滲み込んでいきます。
大切にしている在り方
このジャーニーは、
何かを叶えるための瞑想会ではありません。
「すでにある、いのちのリズムに
人生を整えてもらう」
そんな在り方を大切にしています。
実は、
「こうしよう」「変えよう」「叶えよう」とする
思考のエネルギーよりも、
いのちのリズムに委ね、
自然に整えてもらうほうが、
何百倍も、何千倍も楽で、
その人にとって最適に働くことが多いのです。
このジャーニーは、
その“軽やかさ”と“自然さ”を、
頭ではなく、思い出していく時間でもあります。
なぜ4回なのか
一度の体験では、
多くの場合「わかった」で終わります。
4回という時間をかけることで、
身体が覚え、
心がほどけ、
人生全体の流れを静かに感じられるようになる。
これは急がない変化。
でも、最も深い変化です。
4回の流れ
このジャーニーは、次の自然な順番で進みます。
第1回|今ここ:まず、立ち止まる
第2回|関係性:仲間との距離感を知る
第3回|豊かさ:受け取る感性がひらく
第4回|人生の流れ:流れと調和する
内側から、波紋が広がるように。
気づきとともに、ほどけていくプロセスです。
(妖怪は出ません。笑)
思考が止まらなくて、疲れていませんか?
第1回|静けさが立ち上がるとき
Return to Now(今ここ・身体の層に触れる開始点)
頭の中のおしゃべりが、止まらない日はありませんか?
「あれもやらなきゃ」
「これも考えなきゃ」
「あの人、どう思ってるかな」
気づけば、今ここにいない。
長年観察してきた中で、
最初に必要なのは「思考を休ませること」でした。
思考の流れを止めようとするのではなく、
ただ、観察する。
すると、身体の奥でずっと待っていた静けさと再会します。
ここで起きること
-
思考の流れをそっと横に置く
-
身体の奥にある、深い静けさに触れる
-
役割の前にある「素の私」の質感を取り戻す
静けさが立ち上がるとき、
内側の世界がゆっくりと、確かに動き始めます。
人との関係で、知らないうちに力が入っていませんか?
第2回|関係の力みがほどけるとき
Partnership & Self-boundary(関係性・境界線が自然に調律される)
相手に合わせすぎて、疲れる。
言いたいことが言えない。
「わかってほしい」と思うほど、苦しくなる。
多くの方を見てきて気づいたのは、
関係性の悩みの根底には
「境界線の曖昧さ」があるということ。
このジャーニーでは、
そのドラマを「直す」のではなく、
ただ観察できるようになる練習をします。
ここで起きること
関係性は「なんとかしなきゃ」ではなく、
「あぁ、これはこういうダンスなんだ」と
見えるようになっていきます。
「まだ足りない」と感じていませんか?
第3回|受け取る感性がひらくとき
Abundance & Flow(豊かさ・お金・循環の身体感覚が戻る)
豊かさ(お金も含めて)について、興味深い発見があります。
それは「追いかけるほど遠ざかる」という逆説。
「まだ足りない」という終わりのないループから、
そっと降りてみる。
その瞬間、豊かさは「数字」ではなく、
すでに在ったものだったと気づきます。
ここで起きること
頑張って追いかけなくても、
流れは静かにこちらへ近づいてきます。
人生の流れに、逆らっていませんか?
第4回(最終回)|人生の流れと調和するとき
Expression & Life Flow(人生全体の流れと響き合う段階)
人生の流れには、
ある共通のパターンがあることに気づきました。
それは、
「無理に押し出すほど、流れから外れる」ということ。
3つのプロセスが統合されると、
人生の流れが静かに、はっきりと立ち上がってきます。
ここで起きること
人生は、自分で無理に開こうとするものではなく、
流れのほうから近づいてくる。
その実感が、ここで静かに目覚めます。
日常とつながるジャーニーとして
サイレントプレゼンスジャーニーは、
対面の4回だけで完結するものではありません。
「今ここ」に戻ることで内側が静まり、
そこから他者との距離感が少しずつ整いはじめます。
その静まりが余白を生み、
豊かさを受け取る感性がひらき、
やがて、人生全体の流れが無理なく姿を見せはじめます。
全4回・4ヶ月にわたる旅の特徴