引きこもってしまった君へ

起こる全ては人生のクリエーション。「無の感覚」体現ファシリテーター

引きこもってしまった君へ

 

私は兄弟がいない。
私の年代で1人っ子は珍しくて、
学年に2人ぐらいだったかな。。

だけど、私はよく男兄弟がいるでしょ。
と言われる。

そうだと思う。
私の子供時代は近所にいた従兄弟達と過ごしたから、
本気で彼らとケンカしたし、(叩き合いも)
誕生日もクリスマスも海も山も遊園地も
キャンプも本当の兄弟のように過ごしたから。
だから、私は1人っ子だったけど
男兄弟がいるのと変わらない。

 

その従兄弟は2人の男の子なのですが、
今日はそのお兄ちゃんの話です。

 

彼が白血病ということを知ったのはいつだろう。
大人になってからということは覚えている。

子供の頃から、その従兄弟と私は
性格が似てるとよく言われていた。
ワガママで2人ともおばあちゃんが大好きだった。

私が中学生1年生の頃まで、本当に3人は
兄弟のように過ごした。

私が中学生になって、部活をしたり
塾に通い出して、私は従兄弟の家には
自然と行かなくてなっていた。。

それから時は進み、

彼は私と通った同じ高校に進んだ。
普通の進学校だったけど、
甲子園に出場したこともあり
野球にも力が入っていた。
元々、彼は野球少年だったので、
ピッチャーとして期待されていた。

だけども、腕を故障して、
思ったようには活躍できなかった。
随分とそこで落ち込んでいたと言うのは
母づてに聞いていた。

それから、彼は大学受験を目指すのだけど、
大学を落ちて予備校に通いだす。

東京の予備校に来ているのは知っていて
明治大学を目指していると聞いていた。

そして、1浪した末に彼は明治大学に合格を
することはなかった。

その頃、私は既に東京にいたけど
彼と会うことはなかった。

それからしばらくして、
彼がスタイリストになりたいと

ファッション系の専門学校に入ってことを聞いた。

その頃、彼のお父さん、私にとって叔父から
メールが来て

「晴美ちゃん、音楽の仕事してるよね。
俺には業界のことはさっぱりわからん。
どうか、○○のことを頼む。お願いします。」

と。

いやいや、音楽業界とスタイリストの世界は違うけど
田舎の叔父からすれば、大きく分ければ、
一緒の世界に住んでいるようなもの。

子供の頃、第2の父のような感覚で
育ててくれた人だったから、メールだったけど、
「お願いします」
の一言にどれだけ叔父の気持ちが込められているか
また、頭を下げている姿が浮かんで
何とも言えない気持ちになったのを覚えている。

その頃かな、、彼が白血病だと聞いたのは。。

それからしばらくして、本人から連絡がきたのか、
叔父が繋いだのかは記憶が曖昧だけど、

久しぶりに彼と再会した。

薬でちょっとだけ顔が浮腫んでいたけど、
スッと細身の感じで現れた。

今時の若者に人気のブランドを身に包んで現れた彼は、
とてもじゃないけど、
服を着こなしているとは言えなかった。

仕送りとは別で、おばあちゃんに服を買うお金を
せびっていると、これも母づてに聞いていた。

若者のブランドとは言え、それなりの金額が
するのだろうとわかった。

私と久しぶりにあった彼は、

「本当はもう1浪したかった。」

そんなことを言っていたような気もする。

「スタイリストになりたいんだ。」

そう言った彼に、今の私なら見抜けると思う。

彼の心から溢れ出す情熱のようなものはなかった。
スタイリストの仕事は想像より泥臭い仕事だし、
センスはもちろん、お洒落でカッコイイだけでは
食べていけない、甘くない世界だと私は知っていたし、
でも、それを今、彼に話しても、、と。
「そうなんだと。」話を聞いた。

彼は、自分でアシスタントさせてくれる
スタイリストさんを探しているけど、
条件が合わないこともあったりと
要は、私にも誰か紹介して欲しいと。

その時、叔父のメールと顔が浮かんで、
私も姉のような感覚で、ここは1つ何か
「やってあげよう」そんな気になっていた。
自分もいいところみせたかった。

すぐに思いついたのは、スタイリストのM君。
M君がアシスタント時代に一緒に仕事をしていて、
気配りもできて、人としても良い子だったのもあり
その時から、当時のディレクターも私も彼を
可愛がっていたし、現場の後にはよくご飯にも行った。
そんなM君は独立した後に、あれよあれよと
売れっ子になっていた。

M君に連絡すると、すぐに快諾してくれた。
いきなりアシスタントになるより、
まずは体験という形でもいいですよ。と。

それはお互いとって相性もあるし。
いいアイディアだね、と話になった。

そうして、私の従兄弟の◯◯ちゃんは、
スタイリストのM君の現場に行くことになった。

しばらくして、、M君から連絡があった。
「香野さんだからこそ、言いにくいんですが、
敢えて言いますね。。。」

ここでは詳しい内容は書かないが、
従兄弟は、M君に不義理をしていた。

話を聞いて、私も驚くやら、腹が立つやら
M君に申し訳ないやらで、感情が湧き立った。
M君に謝るしかなかった。

その後、私は従兄弟に連絡した。
感情的になっていたのもあり、
彼を頭ごなしに怒ったような気がする。

自分の大切な知人にそんな不義理をするとは!
私の顔に泥を塗られたようで、
私のことばかり考えていた。

彼の言い分も聞いたけど、
聞いたつもりで
私は聞いてなかったのだと思う。

兄弟同然に育った仲だもん。
兄弟喧嘩の1つとして、気を使わずに
頭ごなしに怒ることだってあるだろう。
甘えでもある。

それから、、、、

私もちょっと言いすぎたなと思い
彼に連絡してみるも、
うんともすんとも返信がない。
電話も出ない。

たかが、兄弟喧嘩だ。。

そう思って、また、しばらくして連絡するも
連絡がこない。

そうして、私はマネージャーの仕事が
日々忙しく、彼のことなどもう忘れていた。

〇〇ちゃん、実家に帰ってきたみたいよ。と
また母から連絡があった。

ああ、そうなんだ。
実家に帰ったのなら
それはそれでよかった。と。

また、しばらくして、私はどうしても
〇〇ちゃんが気になって、
〇〇ちゃんが帰った叔父の家に電話をかけた。

叔母が電話にでたので、

「〇〇ちゃんと話したいんだけど。」
と言ったら、

「うん、今ね、ちょっと電話に出れるような
感じじゃないし、

本人も出ないって言ってるから。」と。

じゃあ、本人出ないなら、
これだけ伝えて。

「頭ごなしに怒って悪かった。」って。

電話を切った後に、涙がこぼれた。

 

彼が、どこか見かけだけで
「スタイリストになりたい」と

言ってる(そうじゃなかったかもしれないが、)
そんな彼と自分が重なっていた。
自分の中にある彼と同じ要素を私は知っていたし、
自分を投影したいた。

自分だって、たいしたもんじゃないし、
どこか心が痛んでいた。

私は彼を傷つけてしまったのだろうか。。。

 

そして、また時は流れた。

 

私の父が6年前に急死した時、
彼は弟と一緒にお通やに現れた。

顔は青白く、また薬で少し浮腫んでいたけど、
少し顔は和らいでいた。

何年ものわだかまりの中、
久しぶりに彼に会った私は

「来てくれてありがとうね。」

と言った。

彼は

「当たり前やん。
晴美ねえちゃんには感謝しとるけん。」

とポツリと言った。

私は
「うん。。。」

その後、何を言ったか記憶がない。
何か言ったかもしれないし、
「うん」しか言えなかったのかもしれない。

その後、叔母からも
「〇〇はね、いつも、晴美ちゃんに感謝してるって
言ってるのよ」と。

知らなかったよ、そんなこと。

父が急死して、あまりの驚きに
涙も出ず、淡々とお通やが過ぎていく中、

この彼の言葉で何か救われたような
そんな思いだった。  

 

彼は実家に帰ってから
もうずっと引きこもっている。

家族とは会話をするようだし、
最近は散歩に出かけるそうだ。
 

先日、実家に帰った時に
弟のたいちゃんと叔父、叔母に会いに行った。
おじいちゃんと、おばあちゃんの仏壇もあるので、
お線香あげたかったのと、
たいちゃんにも会いたかったから。

たいちゃんとは年に2回ほど、LINEで連絡は
するけど、それでもたいちゃんとも
父のお通や以来だった。

従兄弟の家に行くと、叔父、叔母、たいちゃん、
うちの母とお菓子を食べながら、

「晴美ちゃん、東京はコロナはどうよ?」とか
叔父が定年退職して、行った旅行の写真とか
見せてくれて日常のただの

会話をして笑った。

2階の部屋に〇〇ちゃんがいるのは知っていた。
だけど、全く気配も感じないほど
彼は静かに2階の部屋にいた。

引きこもることが悪いこととは思わない。
引きこもればいいと思う。
無理に社会に出て、適合しようとしなくて
いいと思う。

 

たいちゃんが私と母を帰る時、車で送ってくれた。
その時にこう言ってくれた。

「兄貴は、家の中では饒舌に話すんよ。
ずっとネットばかり見てるから、
時事ネタに詳しくてね、
俺やお母さんによく話してくれる。

最近はお父さんと散歩にも出てる。
だけど、人が通ると怖がるんだよね。
もう、しばらく他人と接してないからね。
でも、外に出れるようになってよかった。

今日、はるみ姉ちゃん来るよって
言ったんだよね。

はるみ姉ちゃんだったら、下(居間)に
降りてくるかなと思ったんやけど、
降りてこんかったね。。。」

「いいんよ、いいんよ。
元気なら、元気にしてるんやったら。」

 

元気にしてる。。。

 

それでも、私たちは知ってる。
いつ彼が死んでもおかしくないことを。

みんな怖くて、言い出さないだけ。
腫れ物に触るように、そこに触れないだけ。

怖くて言えないことだってあっていい。
目をそらして、気づかないふりを
したくなる時だってある。
みんなでその話題は避けあって。
そんなことだってあっていいんだ。

 

こんなことをここに綴っても
何もどうにもならない。

 

だけども、どうしても書きたくなった。

 

彼が読むはずもないこのブログ。
読んだら怒るかもしれない。
俺のこと勝手に書くな!と。

 

でも、届いたらいいな。


ねえ、あきちゃん、

私はまた、子供の頃のように笑いながら、
あんなことあったね、こんなことあったねって
ご飯食べれたらいいなって。

そして、あなたが引きこもっていようと
何も社会的に為してなかろうと
ただ、生きてくれているだけでいい。

私たちは本当の兄弟じゃないかもしれないけど、
だけど、兄弟なんだよ。

 

ただ、生きていてね。
ただ、生きていて。
今日も。

 

あきちゃんへ

晴美より

2件の返信

  1. Hiroki Nagasawa より:

    とある人に、引っ越すことをきっかけに、
    「そこにいてくれるだけでよかったんだけどなあ。安心できたんだけどなー」と言われて、すごく嬉しくて、そういう関係こそが大事なんだなと思ったことを思い出したよ。

    • Harumi より:

      そうなんですよね!
      別に何かをするとか、
      してもらう、してあげる、
      そんな事より、
      ただ、居ることが、ありがたいと
      言いますか。。
      コメントありがとうございます^ ^

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