それはいつでもここにあった。

起こる全ては人生のクリエーション。「無の感覚」体現ファシリテーター

それはいつでもここにあった。


昨夜は今年初のラジオの収録でした。

私は今、FM福岡のミチオさん
(中村道生)さんの

番組にアシスタントとして、
喋らせてもらっている。

昨日収録終わり、近しいスタッフで
新年会しました。

ミチオさんと話していて、昨日、
ギャン泣きしました。

それは、私のエゴがバキバキに
破壊されたから。

私は「いじられキャラ」になる時があり
皆におかしく、いじられる時があります。

私もその時、笑っているのですが、
たまに、コレは私はバカにされているのか?
と、思ったりして、悲しくなる時があった。

それを話したのですが、

ミチオさんから、
「お前、何言ってんだよ。」と。
(怒ってではなく。)

それは、お前がどれだけ愛されて
話題の中心であり、
はるみどんがはるみどんゆえだろう。
何でそれがわかんないんだよ!

じゃなきゃ、20年も付き合ってきてないだろう。
そして、こうして一緒に番組もやってないだろうと。

お高くとまろうとするな!

また、お前は表に出たかったのかもしれないけど、
現に出てないんだ。
受け入れろ。

視座を上げろ。

「自分が、自分が」って言うな!

はるみどんは、はるみどんで在ればいい。

それでいいんだよ。

 

自分はこんなもんじゃないって
歯を食いしばって生きてきた名残が
時々顔出して、
自分じゃないものになろうとする。

 

自分を受け入れるってなんだろう。
私が私であるってなんだろう。


それでも

私は音楽業界に入ったきっかけであった
ラジオで喋りたい。という想い。

コミニュティFMとかではなく
FM福岡というで媒体で喋らせてもらっている。
夢を叶えさせてもらったのも
ミチオさんをはじめ、今、可愛がって
もらっている先輩達のおかげ。

 

なろう、なろうとせずとも
その機会は与えられ、
私はその夢がすでに叶っている状態。


だけどね、
みんなが愛情を持って

接してくれていたことを、、、、
たまに忘れてしまう。

頬をビンタで殴られたようだった。

 

感謝ってするものじゃなく、
溢れるものと言われるけど、
本当にそうで。

奥底から湧いてくるものがあった。

 

そして、ミチオさんから
次回のオープニングトークは
香野が
喋り出しでやることも
トライしてみようと。

「お前は現に表に出てないんだ。
受け入れろ」

と、言ったミチオさんが提案してくれた。

別にオープニングトークすることが
すごいことでもなんでもない。

だけど、もう、受け入れて
降参した時に
何かが変わっていく。

 

バカにされているように感じるのも
それは、私が私をバカにしているから。
それは、ストーリー。
私が勝手に創り出した世界。

それも全部わかっている上で

それでも、、、それでも、、、
感違いすることもある。

ラジオのことは1つの例であり、
私はすでにたくさん、ここに
あるものがあって
愛情もいっぱいもらっていて。

「ないない探しのゲーム」は
尽きない。
そこにいたければ、永遠にそれを
するだろう。

 

でも、こうしてね、
何度も何度も気づきはやってきてくれる。

螺旋階段を登るように
今まで何度もつまづいた所も
気付くたびに同じところではなく
1つ登って気付く。

 

「それはいつでもここにあった」

 


(今日はこの曲を聴きながら書きました。)

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